野澤組最新情報ブログ

[Traditional Food Mania] ラミントン

Traditional Food Mania

グローバル化が進む現代だからこそ、根強く愛され続けているのは地元の郷土料理。
ほっとする家庭料理、ならわしとしての食事、季節を感じる食材etc...
各国各地の文化をのぞいて下さい。

産地:オーストラリア

ラミントン

カフェメニューのラミントン AU$3.90≒¥300

ラミントン

産地:
オーストラリア
材料:
スポンジケーキ、チョコレート、生クリーム、ココナッツ
投稿:
野澤組 オーストラリア駐在員

ラミントンとは、キューブ型にカットしたスポンジケーキをチョコレートソースでコーティングし、乾燥ココナッツをまぶして作られるオーストラリア発祥のデザートである。 二つにカットされ、間に生クリームや苺ジャムを挟んで出されることもあり、カフェやランチバー、ベーカリー、スーパーマーケットで見受けられる。キューブ型のスポンジケーキをチョコレートに浸し薄くコーティングすることで、 スポンジの外層にチョコレートが染み込むようになっている。そのキューブをココナッツで覆い、しばらく置くことでラミントンはできあがる。

ラミントンの名は、1896~1901年クイーンズランド州総督であったラミントン卿ことチャールズ・コクラン=ベイリー、またはその妻であるラミントン夫人からきているとされる。 一説には、卿のお気に入りであったホンブルグ・ハットに形が似ているデザートであったからラミントンと呼ばれるようになったとも言われている。ラミントンの発祥と発案者にもいくつか説がある。 一説によればラミントン卿がブリスベンの暑さから逃れるためにトゥーンバにあるハーラックストン邸を訪れた際に初めて出されたとされている。また他の説では、クイーンズランドの政庁で働く、 ラミントン卿のシェフであるフランス生まれのアーマンド・ガーランドが忙しい時間帯に現れる予想外の客に振る舞う食べ物を作るよう頼まれた際、一日前に焼かれたバニラスポンジケーキの切れ端をチョコレートに浸し、 ココナッツをつけた事が始まりとも言われている。当時ココナッツはあまり調理に使われていなかったが、ガーランドの妻はタヒチ生まれでココナッツは馴染みのあるものであった。 ラミントン夫人の客が、レシピを尋ねるほどであったと言われている。

現代ではラミントンは「ラミントン・ドライブ」と呼ばれる募金活動として売られることがあり、ケーキをチョコレートに浸してココナッツの中で転がす作業はボランティアがチームとなって共同作業で行う。 2006年には、オーストラリアにおいて7月21日はナショナル・ラミントン・デイと制定され、広く国民に親しまれている。

シンプルな、一辺約4cmの
キューブ型ラミントン

カスタードやホイップクリーム、
苺、レモン等のバリエーションも
多種ある

ホンブルグ・ハットが
名前の由来とも言われる

2016年9月13日

[Traditional Food Mania] ずんだ餅

Traditional Food Mania

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産地:仙台市

ずんだ餅

引き割りタイプで粒を残した、
仙台の甘味処のずんだ餅セット

ずんだ餅

産地:
仙台市
材料:
枝豆、砂糖、塩、餅
投稿:
野澤組 食品部員

仙台名物と言えば牛たん・笹かまぼこが定番として挙げられるが、近年知名度が上昇している甘味が「ずんだ餅」。 「ずんだ」とは枝豆(未成熟な大豆)またはそら豆をすりつぶして作る緑色のペーストのことで、ずんだ餅に用いる場合はこのペーストに適量の砂糖と塩を加えたものである。 それを餅にまぶしたものがずんだ餅である。ずんだ餅は元々は農作業の合間に作られるおやつの一つであり、枝豆の収穫時期が初夏であるため、東北地方では夏の風物詩ととらえられている。 現在でも東北のお盆では、おはぎの小豆の代わりにずんだ餡を用いたものを供える事が伝統である。ずんだは仙台特有の名物ととらえられがちだが、岩手・宮城・山形・福島において、 甘味や塩味の和え物として郷土料理に用いられている。地域によって、多少粒が残る引き割り状態が好まれたり、完全にすり潰したこし餡に近いものが好まれたりする。

発祥は、伊達家の料理を記した書物(橘川房常著 1733年)にずんだの原型と見られる料理が掲載されているが、ずんだの由来かどうかは明確には分かっていない。 伊達政宗は米沢出身で、ずんだが関わっている地域は政宗と関係のある地域が多い。そのため宮城・山形・福島の県境付近から起こり、広まったとも考えられている。「ずんだ」の語源は諸説あり、 茹でた枝豆を叩いて潰す作業を「豆打(ずだ)」と呼び、やがてずんだに転訛したとする説が有力である。伊達政宗が出陣の際に「陣太刀(東北方言で「ずんだづ」と発音)」で枝豆を砕いて食したという説もある。

ずんだ餡も餅も水分を多く含むため長くは置けない生菓子であったが、冷凍技術の発達から現在では冷凍の枝豆を用いて年中家庭や食品工場でずんだを作ることができるようになっている。 和菓子のみならず洋菓子にも使用されるようになってきたため、「ずんだスイーツ」と総称されることもある。

餅米も東北の名産

餅米も東北の名産

枝付きの枝豆は、収穫時期の夏ならでは

枝付きの枝豆は、
収穫時期の夏ならでは

仙台駅お土産売り場で名物牛たんと並ぶずんだ餅

仙台駅お土産売り場で
名物牛たんと並ぶずんだ餅

2016年8月 9日

[Traditional Food Mania] フィリーチーズステーキサンドイッチ

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産地:フィラデルフィア

フィリーチーズステーキサンドイッチ

チーズ・ウィズのフィリーチーズステーキサンドイッチ $10

フィリーチーズステーキ
サンドイッチ
(Philly Cheesesteak Sandwich)

産地:
フィラデルフィア
材料:
牛肉の薄切り、玉ねぎ、ホーギーロール、プロヴォローネまたはチーズ・ウィズ、塩、胡椒
投稿:
野澤組 ニューヨーク駐在員

フィリーチーズステーキサンドイッチは、炒めた薄切り牛肉と玉ねぎ、チーズを長いロールパンに挟んだサンドイッチ。 ペンシルベニア州フィラデルフィアが発祥の地である。このサンドイッチの起源は、1930年代はじめにフィラデルフィアに住んでいたパットとハリーのオリヴィエリ兄弟が、 細切りにしたステーキをホーギーと称されるロールパンにのせて供したことによると言われている。オリヴィエリ兄弟がホットドックスタンドでこのステーキサンドイッチを売り出したところ評判となり、 やがてサウスフィラデルフィアにレストランを持つまでになった。当時はチーズが入っていなかったが、他店がプロヴォローネを加えたサンドイッチを提供するようになり、やがて現在の形が完成した。

伝統的に、チーズステーキに使われている牛肉はリブアイかトップ・ラウンド(もも肉の上部)である。調理方法はスライスしたプロヴォローネを炒めた肉の上にのせ、 チーズが溶けだしたところで開いたロールパンに挟み込む。一方で加工したスプレッド状のチーズも好まれており、これは1952年に誕生した「チーズ・ウィズ」がきっかけで、 この場合は挟んだ牛肉に後からたっぷりかけるものとして広く支持されるようになった。フランスパンのように見えるシンプルなパンはしなやかで噛みごたえのあるホーギーロールと呼ばれるもので、 購入後はお好みでチェリーペッパーの酢漬け・ピクルス・ケチャップ・マヨネーズなどで味を加えられる店もある。現在フィリーチーズステーキサンドイッチはアメリカ国内のレストラン、 カフェテリア、ダイナー、屋台などで一般的なメニューとして取り入れられており、ファーストフード店から高級レストランまで様々な食シーンで食べることができる国民食となっている。

薄切り肉は
アメリカでは画期的であった

購入後に好みでトッピングを
加えることもできる

オフィス街の屋台でもランチの定番

2016年7月11日

[Traditional Food Mania] 柳川鍋

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産地:福岡県柳川市

平たい土鍋で具材を甘辛く煮込み、最後に卵でとじる

平たい土鍋で具材を甘辛く煮込み、最後に卵でとじる

柳川鍋

産地:
福岡県柳川市
材料:
どじょう、ゴボウ、卵、味醂、醤油、ネギ
投稿:
野澤組 九州営業所社員

柳川鍋は、開いたどじょうと笹掻きにしたゴボウを味醂と醤油の割り下で煮て、鶏卵で綴じた鍋料理。ネギや三つ葉を用いる場合もある、福岡県柳川市の郷土料理である。 どじょうを丸ごと煮込む食べ方は「丸鍋」あるいは「まる」と呼ばれ、これは浅草で1801年に誕生した「どぜう鍋」の料理法である。この「まる」に対し「ぬき」と呼ばれる調理法を取ったのが文政年間 (1818~1830年)で、頭を取り、背開きにして骨を取ったどじょうをゴボウと一緒に調理した鍋が生まれた。その「ぬき鍋」を最後に卵でとじた柳川鍋が誕生したのは天保年間(1830~1844年)である。 どじょうもゴボウも滋養力がある食材とされていたため、柳川鍋は暑中に食べるものとされていた。俳句の世界では、どじょうは夏の季語となっている。滋養食として並ぶうなぎに比べると安価であることから、庶民に好まれた。

このように、柳川鍋は浅草界隈にてどぜう鍋から発展していったと考えられている。名前の由来は諸説あり、創始した店の屋号が「柳川」であったとの説、使われた鍋が福岡の柳川焼であったからとする説、 どじょうを並べた姿が柳の葉に似ているからという説などである。場合によっては名前の繋がりのみで郷土料理になった可能性もあるが、どじょうは農薬普及以前は日本各地の水田や川で手軽に取れた淡水魚であることから全国に広まり、 当時城下町であった同名の町を縁として今もなお郷土食として柳川に残ったと考えられる。なお、湿地や湖沼が多く天然のどじょうが生息する新潟では「どじょう汁」が郷土料理としてたんぱく源となっていた背景があり、 産卵期前の6~7月に季節限定食として今も鍋料理を提供するレストランもあるが、その際のメニュー名は「柳川鍋」である。肉類なども同じように笹掻きゴボウと共に甘辛く煮て卵でとじたものを「~の柳川」「柳川風」と呼ぶことも多い。

どじょうの背開きが柳川鍋の特徴

どじょうを背開きにする調理法が
柳川鍋の特徴

うなぎのせいろ蒸し

もう一つの柳川名物
うなぎのせいろ蒸し

観光名物「柳川下り」

水郷の町柳川の観光名物
「柳川下り」

2016年6月 7日

[Traditional Food Mania] アローシュ・デ・ポルヴォ(Arroz de Polvo)

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産地:ポルトガル

アローシュ・デ・ポルヴォ

汁気が多く、おじや風であるのが特徴

アローシュ・デ・ポルヴォ
(Arroz de Polvo)

産地:
ポルトガル
材料:
タコ、玉ねぎ、ニンニク、米、トマト、香菜、ブイヨン、白ワイン、オリーブオイル、塩、イタリアンパセリ
投稿:
野澤組 アムステルダム駐在員

ヨーロッパの西端に位置しイベリア半島でスペインと隣り合うポルトガル。16世紀の日本に、揚げ物・卵・肉・ワイン・パンなどの食文化を伝えた国でもある。 国土は日本の約4分の1で縦に長く、約半分が大西洋に面しているため海の幸にも恵まれ、かつて領土を巡って争ったアラブの影響で米もよく食べられる。 幅広い米料理は隣国スペインのパエリアとはまたひと味違ったバリエーションでおじや風から炊き込みご飯まで数多く、魚介類のだしを使った穏やかな味付けはポルトガルと日本の共通項である。

しかし海に面してはいても、イギリスなどでは「悪魔の魚 devilfish」などと呼ばれ忌み嫌われるタコ。タコを食べることのない(ヒレや鱗が備わったものだけしか食べてはいけないという宗教の戒律が背景にある) 国がヨーロッパにある中で、ポルトガルでは揚げて天ぷらにしたりグリルしたりとよくタコ(Polvo)が食べられる。

アローシュ・デ・ポルヴォ(タコご飯)は、タコの旨味や香味野菜などのだしが効いた、おじや風のタコご飯のことである。ポルトガルの米は長粒種(インディカ米) なので口あたりはサラサラとしている。タコの食感は日本で調理される様な弾力はなく、長時間茹でることでふわふわと柔らかくなり歯ごたえをなくしている。素材の味を生かしたシンプルな味付けの料理が好まれ、 アローシュ・デ・ポルヴォも香りよくあっさりと食べられるポルトガルの家庭的な米料理である。なお、おじやの由来は、スペインの言語「オジャ(鍋)」が語源という説がある。 鶏と一緒に米を炊くかやくご飯やかしわ飯も、ポルトガルからの食文化影響が大きいと考えられている。

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オリーブオイルとニンニクでタコをグリルした一品「ポルヴォ・アサーダス」

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近海で獲れる新鮮なイカ(Lula)もよく食べられる。フライやイカリングが定番

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坂の街の首都リスボンには欠かせない路面電車

2016年5月10日

[Traditional Food Mania] 新潟タレかつ丼

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産地:新潟市

シンプルな丼

シンプルな丼

新潟タレかつ丼

産地:
新潟市
材料:
カツ用の豚肉、小麦粉、溶き卵、パン粉、ご飯、醤油、みりん、砂糖、酒、だし
投稿:
野澤組 新潟営業所 食品部員

1858年の日米修好通商条約により、横浜・神戸・函館・長崎に加え新潟港が開港された。当初は遠洋漁業の漁港基地として栄え、1929年には満州と新潟港との航路が開設、対岸貿易の拠点として本格的に機能し始めた。貿易の拠点になったことで異国の文化が流入する土地となり、食文化にも大きく影響を受け、西洋料理が盛んな街となった。


その新潟で長いあいだ食されているのが、卵とじではない「タレかつ丼」である。タレかつ丼は揚げたての薄めの豚かつを「甘辛醤油ダレ」にくぐらせてご飯にのせただけのシンプルなもの。千切りキャベツやきざみ海苔などは一切添えられない潔さが、最大の特徴である。


タレかつ丼の発祥は、昭和20年代に遡る。当時、新潟市中心部にはお堀が張りめぐらされてあり、お堀のほとりには様々な屋台が並んでいた。その一つに、小松道太郎氏が引く屋台があり、そこで出されていたカツ丼が卵とじではないカツ丼であった。薄いスライス肉にパン粉をつけてソテーしたカツレツ(英語:cutlet)は当時の代表的な西洋料理であり、タレかつ丼のカツが薄いのは、このカツレツを起源としているためといわれている。日本人の口に合うタレ味と、西洋料理が炊きたてのご飯の上で一つになった新潟市発祥のカツ丼である。新潟市民には、この卵でとじないスタイルのカツ丼がごく普通の「カツ丼」として認知されており、単に「カツ丼」と呼んでいた。もちろんメニュー表記も当時から今に至るまで「カツ丼」である。しかし県外の客が混乱したり、卵でとじないが故に福井県の県民食「ソースカツ丼」と括られてしまったりしたことから、区別するために近年では「新潟タレかつ丼」と呼ぶようになっている。小中学校の給食にも新潟タレかつ丼が献立として出ており、コンビニ・スーパーのお弁当売り場でも定番品の、新潟県民に愛される逸品である。

甘辛醤油ダレ

ご飯に染みこむ甘辛醤油ダレ

お弁当の定番

コンビニやスーパーではお弁当の定番。もちろん添え物はない

地名として残っている

お堀は埋め立てられ道路になったが、地名として残っている

2016年4月12日

[Traditional Food Mania] 沖縄そば

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産地:沖縄県

沖縄そば1

ジューシー(炊込みご飯)や稲荷寿司と
セットで食べる人も多い

沖縄そば

産地:
沖縄県
材料:
小麦粉、塩水、かん水、三枚肉、豚だし、鰹だし、塩、醤油、沖縄かまぼこ、小ねぎ、紅生姜
投稿:
野澤組 大阪支店営業部員
沖縄そば3

茹で揚げた麺に油をまぶし
自然冷却させる点が中華麺との違い

沖縄そばとは、中華麺と同じ製法の麺を使用した麺料理であり、沖縄県の郷土料理である。沖縄県内では単に「そば」あるいは方言で「すば」「うちなーすば」とも呼ばれる。そばと呼ぶが蕎麦粉は一切使われず小麦粉のみで作られ、麺はかん水または伝統的に薪(ガジュマルなどの亜熱帯樹木)を燃やして作った灰汁を加えて打たれる。製法的には中華麺と同一であるが沖縄そばは一般に太めで、その味や食感はラーメンよりうどんに類似する。また沖縄において蕎麦は「日本蕎麦」「ヤマトの蕎麦」「黒い蕎麦」などと呼んで区別されている。

沖縄で麺料理が広く知られるようになったのは明治後期以降のことであり、本土出身者が連れてきた中国人コックが那覇の辻遊郭近くに開いた支那そば屋「観海楼」がルーツであると言われている。大正に入ってからは店舗も増え庶民が気軽に食べられるようになったが、当初は日本本土の支那そばと変わらないものであったようである。その後沖縄県民の味覚に合わせた改良が重ねられ、スープは現在のような澄んだ色となり、三枚肉・沖縄かまぼこ・小ねぎを具材とし、薬味として紅生姜やコーレーグス(島唐辛子の泡盛漬け)を用いるという独自のスタイルが形成されていった。

沖縄そば2

こちらも定番の沖縄料理
「タコライス」

当時からの老舗は、戦時中の食糧不足と沖縄戦によってすべて消滅したが、米軍占領下で小麦粉が豊富に出回るようになってからは次々と復活し、戦後沖縄を代表する軽食として急速に普及していくこととなる。近年まで戦後の日本本土のラーメン文化の影響を受けることのなかった沖縄県では、復帰前の1970年頃にはすでに大衆食として定着し、後に大ぶりのソーキ(軟骨)を具にした「ソーキそば」や「てびち(豚足)そば」等、バリエーションも広がった。また、沖縄県の食堂やレストランでは焼きそばにも沖縄そばの麺が使われている。

2016年3月 8日

[Traditional Food Mania] おでん

Traditional Food Mania

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産地:東京

江戸時代から根付く庶民の味

江戸時代から根付く庶民の味

おでん

産地:
東京
材料:
大根、はんぺん、コンニャク、厚揚げ、卵、ちくわ、ちくわぶ、昆布、揚げかまぼこなど好みの具材
投稿:
野澤組 東京食品部社員

「おでん」は、醤油などで味付けしたつゆに、大根、はんぺん、コンニャク、厚揚げ、卵などさまざまなおでん種を入れて煮込んだ料理である。その出汁の味つけや入れるおでん種は地域や家庭によって異なり、そのバリエーションは実に多彩である。


おでんの歴史は江戸時代にまでさかのぼる。当時江戸の庶民の間で親しまれていた、串に刺した豆腐を焼いて味噌を付けて食べる「豆腐田楽」がおでんのルーツと言われている。はじめは豆腐だけであった田楽が、徐々にコンニャクや芋、魚など様々な串がメニューに並ぶようになり、いつしか「田楽」は香ばしく焼かれた好きな串を選ぶスタイルへと変わっていった。その後、現在の千葉県野田市近郊で盛んに作られていた香りと味の良い醤油に削り節、砂糖、みりんを入れた汁で田楽を煮込んだ、今のおでんの原型である『煮込み田楽』が誕生した。この『煮込み田楽』は屋台にもなり、たっぷりの煮汁の中から好きな串を選ぶ方式へと発展を遂げた。味噌を付ける手間も省けたことで、「早くてうまい」と当時江戸に多く滞在していた単身者の間で評判となり、やがて全国へ広がるきっかけになったと言われている。関西において、おでんのことを「関東煮(かんとだき)」と呼ぶことがあるのは、この広がり方に由来したためと考えられている。なお、おでんの語源はこの田楽を意味する女房言葉「お田」からきている。

今日では、屋台から専門店、高価格帯の日本料理店のメニューにまで広く扱われ、さらには街中のコンビニでも買うことができるほど、私たち日本人にとって大変身近な存在となっている。最近では冬場だけでなく一年を通して提供するコンビニが増えていることからも、人々のおでんに対する人気のほどが伺える。その値段の手頃さに加え、小腹が空いた時やお酒のつまみとして重宝するだけでなく、時には夕飯の主役として食卓に並ぶ。このようにおでんは、各人の都合に合わせ、お気に入りの種を好きな分だけ選ぶことができる万能性を持つ。飽きの来ないその味は、子供から大人まであらゆる世代に愛されている。

関東おでん

濃口醤油で甘辛く仕上げ
煮込むのが元祖・関東おでん

ちくわぶ

小麦粉が原料の「ちくわぶ」は
関東ローカルの食材

おでん種

近年、丸ごとトマトを煮込んだ
一風変わったおでん種も登場

2016年2月 9日

[Traditional Food Mania] ディープディッシュピッツァ(Deep Dish Pizza)

Title of Traditional Food Mania

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シカゴピッツァ1

パイやタルトのような分厚さが特徴の
ピッツァ $25/2~3人前

ディープディッシュピッツァ

産地:
シカゴ
材料:
ピッツァ生地、チーズ、トマトソース、具材(ソーセージ・ペパロニ・ピーマン・マッシュルーム・玉ねぎなど)、オレガノ
投稿:
野澤組 ニューヨーク駐在員

ディープディッシュピッツァは別名シカゴスタイルピッツァとも呼ばれ、その名の通り深皿のようにとにかく分厚いのが特徴で、シカゴの定番グルメである。5cmほどの深さのタルト型のような器にピッツァ生地を敷き詰めることで、皿のような分厚さを可能にしている。薪窯に入れてから約1分で焼きあがるナポリピッツァに対し、ディープディッシュピッツァはオーブンでじっくり30~40分かけて焼かれる。この場合、表面にチーズを乗せると焦げてしまうので、その作り方にも特徴がある。敷き詰めた生地の上にまずチーズ(一般的にモッツァレラチーズ)をたっぷりと乗せ、ソーセージ・マッシュルーム・ピーマン・玉ねぎなどの具材を重ね、さらにチーズをもう一度重ねる。次いでたっぷりのトマトソースで天面を覆い、オーブンで焼成する。焼き上がると中のチーズがトロリと溶け、ボリューム満点の重厚なピッツァができあがる。

ディープディッシュピッツァの発祥については諸説あるが、テキサス州生まれの元アメリカンフットボール選手であるアイク・シークウェル氏が1943年に創業したピッツァレストランにおいて考案したという説が有力である。1970年代中頃までにはさらに2つのピッツァレストランがディープディッシュピッツァを始め、シカゴの雑誌がこのことを特集したことで徐々に認知されるようになった。

元々、ピッツァ好きで知られるアメリカの人々は州外からもその評判を聞きつけ、わざわざ数時間かけて食べにくるファンも出てくるようになり、やがて現在のようにシカゴ名物として広く知られることとなった。なお、これらのレストランでは一般的な薄いクラストのピッツァも提供している。

シカゴピッツァ2

ひと切れでボリューム満点

シカゴピッツァ3

持ち帰り用ボックスも
一般的な物より深い

シカゴピッツァ4

[レストランの壁] 愛すべき地元球団
ホワイトソックスのポスター

2016年1月13日

[Traditional Food Mania] ちゃんぽん

Title of Traditional Food Mania

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ちゃんぽん1

明治時代から愛され続けてきた長崎を代表する麺料理

ちゃんぽん

産地:
長崎県
材料:
豚肉、アサリ、エビ、キャベツ、人参、もやし、木耳、かまぼこ、卵など好みの具材、ラード
投稿:
野澤組 九州営業所社員

ちゃんぽんの誕生は明治時代。在存する中華料理店『四海樓』の創業者である陳平順氏が、お腹を空かせた中国人留学生のために安くて栄養価の高い食事をと福建料理「湯肉絲麺(とんにいしいめん)」をルーツにアレンジして考案した。あまりのおいしさで評判を呼び、たちまち長崎を代表する麺料理になったという歴史を持つ。最大の特徴ともいえるちゃんぽんの麺は独自の風味と柔らかさを持つが、これは小麦粉にかん水を加えるのではなく、中国・上海から伝わった唐灰汁(とうあく)を加えているからであり、日本では長崎県だけの特性麺である。投入する具材は強い香味野菜以外なら何でも合い、卵を落としたり、カキなどの季節の海鮮を混ぜたりもする。ちゃんぽんの命となるスープは豚骨と鶏ガラを炊き上げたものを使う。こってりなら豚骨ベース、あっさりなら鶏ガラのベースと使い分けられ、このスープの取り方が各店の特徴となる。どちらでも強いコクが味わえ、野菜の甘味が絶妙に合う。

ちゃんぽんの語源については諸説ある。福建語の挨拶「吃飯(飯は食ったか?の意)」から来ているとの説、マレー語・インドネシア語の「campur(ごちゃ混ぜにするの意)」、「異なるものを混ぜること」の語源として鉦の音(ちゃん)と鼓の音(ぽん)という擬音として繋げた江戸時代の造語からであるという説、などである。ただいずれも根拠が乏しく、単なる連想による民間語源の可能性が強いと言われている。

また、長崎の2大麺料理として肩を並べる「皿うどん」の生みの親も、ちゃんぽんと同じく陳氏である。ちゃんぽんの焼きそばバージョンとして作ったのが始まりで、一般によく知られている揚げた細麺に具をかけたものとは異なり、本来は焼いたちゃんぽんの太い麺を具と一緒に炒め、それにスープを馴染ませた一皿が定番となっている。

ちゃんぽん2

小麦粉に唐灰汁(とうあく)を加える独特な製法のちゃんぽん用麺

かんぼこ

長崎では「かんぼこ」の
呼び名で親しまれている

皿うどん

皿うどんもちゃんぽんと並ぶ
長崎のソウルフード

2015年12月 9日
野澤組のコンセプト 酪農支援 通販
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